バニラ・スコーク後編(飯轟)R18
飯田19×轟18
前編のつづき
まだ編集中ですが出来たところまで序盤アップしておきます
飯田がまとめて会計をすると、女将さんはさっそく店の最も目立つところに四人の色紙を掲示した壁を嬉しそうに見せてくれた。
また来てくださいねと、いつの間に用意されていたのか、県産銘菓の箱菓子を四人共に持たされ、店先で見送られた。
外に踏み出すと、濃紺の闇の中に白雪が散り始めていた。都心に稀に降るような泥まじりの濡れ雪と違い、綿のような牡丹雪だ。
午前三時の冷たい外気に、温まった全身はすぐに凍えた。
「…酒が呑めりゃあなあー。せっかく三が日に明日半日休みんなったんだし」
ホテルへの帰路で瀬呂がぼやくと、他の三人もああ、と自分の立場を思い出す。
「今年誕生日来れば呑めんだぜ俺ら」
「俺はまだだ」
早生まれの轟を除けば、他の三人は今年を皮切りに二十歳になる。
他の来客がすべて帰ったあとは四人は気兼ねがなくなり、年を跨いですぐは誰も酒は呑めなかったが結局三時間ほど店に滞在した。
場の空気には酔えたが素面だったので、店を出てしまうとたちまちに現実感が立ち戻る。
「事務所人足らねえから俺明日昼には出勤だわー…。午前に東京戻ったらすぐ稼働ー」
地方災害救助の要請が影響し、円場も瀬呂同様に明日はオフにはならなかったようだった。
飯田は隣を歩く轟を伺い見た。
「…轟くんは?明日も仕事かい」
轟は酒に強い体質なのか、半分も呑んでしまった清酒をものともしていないようだ。
腹も満たされ茫洋と足並みを合わせていた轟は、スマホのメールを開いて何か新たに来ていないか確認すると、いや、と首を振った。
「さっき事務所に報告した時、一日くらい休めって言われた」
「去年はほとんど休んでいなかったもんな…。よかったな、お休みが取れて」
「ああ…。飯田は仕事か?」
「俺は大学が冬休みだから…緊急の呼び出しがあればヒーロー活動かな」
「そうか…。大変だよな、兼業」
ほとんどの雄英ヒーロー科卒業生は大学進学を選ばない。
大学の話になると轟はその実情がよくわからないからか、大抵飯田の話に頷いて興味深そうには聞いてくれている。
「大学でコネクションも作れて、麗日くんたちとの児童心理学講義も手ごたえがあるから楽しいよ」
スケジュールがいつも立て込んでいて時間が合わせられないことが多く、すれ違っているのを実感しているので、余裕のない態度は見せたくなくて思わず張り切った声が出てしまった。
「順調らしいな。資格が取れれば計画してたやつ、動かせるな」
「君も何年かは常務候補の社員だろ?きっと今年も俺より慌ただしいさ」
話の途切れ目に、轟が横目に飯田のほうへ意識を流しているのに気がつき、何だと覗き込むと視線がゆるく交わる。
何か言いたげな目の色だと感じながら、飯田はその間の意味に特別な理屈を当てはめてしまう。
まだ人目があるので、それを言い出すのは待った。
ホテルロビーに戻り、狭いエレベーターに鍛えられた四人で乗りこむ際重量で揺れて、飯田と轟のだろと指摘され苦笑した。
それぞれ階数は別で、部屋の種類もシングルだったりツインだったりとばらばららしい。
「飯田の部屋だけ何故か最上階のちょいいい部屋なんだよな。眺めよさそー」
先に降りていった円場が受付をまとめてしてくれたらしく、渡された鍵も部屋もランダムだったが、飯田が一番身体が大きいことを理由にその部屋を選んだようだった。
「んじゃ、おやすみお二人さん」
九階で扉が開き、瀬呂が次に降りていくのを残った飯田と轟は見送った。
「…ああ。おやすみ、瀬呂くん」
「おやすみ」
淡白に挨拶をする轟が何も知らないのを確信した瀬呂が、彼をじっと見た。
笑ってはいるが表情の読めない瀬呂の語尾に匂うものを感じ、飯田は警戒しながら閉じるボタンに指を触れた。
「あっ、委員長」
扉に挟まりそうになりながらも、慌ててそこに手をかけた瀬呂に止められる。
轟も何事かと瞠目しながら、側面にもう一つあった開くボタンを押してくれた。
「何だい?」
「…いつから?」
かっと額に血がのぼり、顔が熱くなる。
にへらと笑いながらもひやひやしたような表情の瀬呂は相反していて、見知らぬ好奇心には勝てなかったようだった。
「………謝恩会のあと、だ!!」
すっきりしたあー、とすかさず去っていく瀬呂を轟は目で追ってから、首を傾げて飯田のほうを見上げた。
「何の話だ」
「………。瀬呂くんに…君とのことを知られた」
文字どおり目を丸くする轟の表情が可愛いなと、不意をつかれる。
上昇するエレベーターもまもなく次に止まる。
「…言ったのか?」
責められるような気配もなく、轟はひたすら虚を突かれた態だった。
正直に知られた瑣末な経緯を話すのも気が引けて喉がつまるが、曖昧に頬をかいて誤魔化す。
「隠していたんだが、彼は察しがよくて…」
瀬呂と寮の部屋が隣だった轟は、よく本や雑誌の貸し借りをしていた。
瀬呂の性分と聞いて納得したようで、仕方がないというように息をついて轟はどこへともなく宙を見据えた。
「……まあ、A組のやつなら誰にも話さねえよ。いずれもっとめんどくせぇとこにばれるかもしんねぇし」
ルーキーながら去年チャート十位に入っている轟の現場には、連日複数の関心からマスコミが駆けつける。
その関心を、普段ほとんど現場が重ならない飯田はもうあまり払えない。
ならば、できる限り隣にいる間だけでもと思うと同時にその手を握った。
「お…」
「轟くん」
先程から翻弄されてばかりの轟が反動でよろめき、今度は視線がまっすぐ正面から合った。
冷の力を使って疲労がかなりあるはずなのに、その白い輪郭の造形も肌も小綺麗で、狭い箱の中でじとりと欲を覚える。
ほんの少しでもいいから、やっぱり轟との時間は取りたい。
「汚れているから、風呂に入ったあと…よければ一杯だけ腹休めのお茶を付き合ってくれないか」
あからさますぎるとは思ったが、轟ならば言葉どおりに受け取るかもしれない。
もし本当に茶を飲むだけになっても、それならそれで二人で話はゆっくりできると思った。
轟の薄い唇が小さく開いて閉じ、帰り際外で交じえた視線の像を繋げたように、ああ…と答えた。
「もしかしたら寝ちまうかもしれねえけど…それでもいいか」
「うん。俺の部屋はツインになっていたから、片方で寝てしまってもいいさ」
轟らしい素直な条件付けに微笑むと、短くなった白赤の毛先が頷き返してさらりと揺れた。
「わかった。風呂に入ってから、そっちに行く」
握り止めていた右手を離してやると、轟の部屋の階にエレベーターが止まり、黒いフライトジャケットの背中が降りていく。
あまり個人的な時間を捻出できない事情がある手前か、轟は深まる眠気を押して頷いてくれたようだった。
――断られなかった。
轟に抱いていた緊張を悟られないよう、閉じていく箱の中で飯田はそっと息を吐いた。
飯田に割り当てられた部屋は最上階のデラックスツインルームで、他のメンバーよりもグレードが高いものだというのは、窓辺から夜景を見下ろして腑に落ちた。
下方が結露で濡れた大きいガラス窓からは、成田空港の滑走路がよく見える。
朝には発着する機体の姿がいくつも見られるだろう。
轟がいつ来てもいいようにシャワーだけで入浴を済ませて、備え付けの電気ポットに水を溜め湯を沸かしておく。
滑走路の見える窓際には、二人がけのソファと向かいに一人がけソファが二つと白木のカフェテーブルがあり、そこに湯呑みを二つセットした。
多少年季を感じる、あたたかみのあるレトロモダンな木製家具はどこかほっとする。
ツインベッドとソファの間にミニバーのような間仕切りサイドボードがあり、外して置いていた眼鏡をかけ直すと一人がけソファに腰を下ろした。
カーテンは閉めてしまうのが惜しくてそのままにした。
備えつけの白に濃紺柄の浴衣では、冬場は肌寒いと感じた。
発着場の見える夜の空港をぼんやりと見つめ、轟を待つ。
卒業後各々事務所への所属が決まり、飯田や轟のようにヒーローの先達がいる家族経営の者以外は、ほとんどが有名プロヒーローの元でサイドキックに配属された。
世界ヒーロー協会を通じて海外へ出向する者もいた。
その道の権威の元で傷ついた心臓のリハビリテーションも兼ねた、爆豪がその一人だ。
所属後は半年以上にわたり実地研修と共に大戦後の復興活動もまだあり、新社会人としてもヒーローとしても多忙を極めた一年だった。
飯田自身も実家のセオリーどおりに地元法学部へも進学しているので、麗日たちと目標を立てている個性カウンセリングの心理士資格勉強、大学が休みの時や緊急時のヒーロー兼業で轟と会える日はほとんどない。
謝恩会から半年後、時間のようやく合った休みに飯田の部屋へ立ち寄った轟にキスをし、お互いの身体を触り合って、手と口で抜いて一泊だけの時間は合わせても三日ほど。
出資金のこともあり、緑谷以外のA組メンバーは外に出かけて過ごす余裕などはこの一年なかった。
轟の体内に挿入する形での繋がりでいえば、まだ先月の一度限りのセックスしかしていない。
飯田も轟も若いので、夜に時間を取るぐらいは何とかできそうなものだったが、轟の家の賠償期間中は無理強いはできなかった。
疲れてるかもしんねえ、と不意にこぼした轟のほころびがなければ、多分先月の癒すような一夜は生まれなかっただろう。
ドアをひかえめにノックする音に、はっと物思いから醒める。
覗き窓の奥に白と赤の頭髪が見えて、すぐに鍵を外した。
「わりぃ。遅くなった」
「…ん。うん、全然大丈夫だ」
備えつけのアメニティやリネンは同じなので、轟が浴衣を着ているのは当たり前のことだったが、しんなりと落ち着いた短髪に薄地の浴衣はしどけない色気を感じた。
「まさかその格好で廊下を歩いて来たのかい?チャート入りヒーローなんだから変装くらいしないと」
浴衣の背中を押して中に促すと、今思い立ったとばかりに轟は口を開け、袖口から出てきた財布とカードキーだけを確認している。
「…あ。マスクも帽子も忘れた」
「帰りに俺が予備のマスクをあげるよ…」
「わりぃ」
窓際は肌寒いので暖房温度を上げて、粉っぽい緑茶をすすりながらぽつぽつと近況をソファで向かい合って話した。
お互いに持ち場づくりのようなものは去年達成できたなと締め、プライベートというくくりにおいては車でどこかに日帰りでも旅行に行ければいいなと希望的観測を並べた。
「轟くん、お茶のおかわりはいるかい?」
窓際のソファに腰かけた轟はゆったりと頭をもたげ、緩慢に頷いて空になった湯呑みを差し出した。
「ああ、もらう」
午前三時半ともなれば、さすがに早寝の習慣がある轟は少し眠そうだった。
「……、」
疲れた彼にもう寝てもいいと促してやりたかったが、眠らせてしまうには惜しすぎて。
開きっぱなしのカーテン同様に、この場にもう少し留まらせていたかった。
「はい。すごく熱いぞ。気をつけて」
保温して置いた湯で、封を開けた緑茶を溶かした湯呑みを再び轟に手渡すと、伸ばしていた轟の指と不注意でぶつかってしまった。
「っあち、」
ぼたぼたと揺れた湯呑みからお茶が轟の左膝にしたたり落ち、染みが広がると同時に飯田は慌てて風呂場に行ってフェイスタオルを手に戻る。
「大丈夫かい?!かなりこぼれたが…火傷は?」
「いや…平気だ。ちょっと蒸発させた」
浴衣の裾をめくって見せた左膝周りの皮膚は、少し赤くなっているだけでいつの間にか布地の染みも消えている。
湯がかかったのは右指だったので、すぐに左脚共に冷やしたようだ。
「…君、個性を使ったのか…。便利だなあ」
思わず火傷していないか触れてしまっていた、裾のめくれた轟の左脚からぱっと腕を離した。
「…あっ、すまない!」
「……いや。痛くねえよ。一瞬だったし」
「……とりあえず、火傷にならなくて安心したよ。次は気をつけよう」
向かいの椅子に座り直して、諸々の意味で深く息を吐きだす。
お茶のスティックは四本しかないので、この杯をあけてしまえば、轟との時間は終わる。
お互いにまだぎこちない理屈としては、付き合うという了承はもらえたものの、今のところは飯田の片想いに過ぎないからだった。
滅多なことでは動じない彼も、A組クラスメイトで同性からの申し出に当惑していたし、賠償や醜聞への対応で一個人へ割く余裕は多分ないということを理由に、否を唱えようとしていた。
ステイン事件以降から、個人への強い感情を貫くことはエゴだと割り切っていたので、飯田はもう恐れなかった。
轟からの返事は、『飯田の覚悟が伝わったから』―――だった。
「…静かだな」
ぽつりと轟がつぶやく。
眠そうに呟いて湯呑みを手にしたまま、ファブリックのヘッド部分に項を押し当ててぼう、と宙を見ていた。
「こういう雪って、音がしねえんだな」
ふとゆっくりとくすんだ灰とターコイズのオッドアイがこちらを探し当てて、ゆらりと瞬く。
「………」
ヘッドから身を起こし、膝上に肘を預けた両手に湯呑みを包んだ轟は、残りの緑茶を飲み干した。
しばらく思考を読み合うように二人でぎこちなく見つめあっていたが、やがて轟は根負けしたようにそっと目線を小脇に流した。
自分から伺うような胡乱な顔つきを投げかけたくせに、相手の思惑が読めないまま正直に煽るのは少し躊躇ったのだろう轟に、飯田の胸奥が暗く疼いた。
受け身を選んでくれた轟のほうは、まだ完全に性感を得られているわけではないのだろう行為について、情愛を共有するものだという認識が薄いと思っていた。
キスや触れ合いには感じていたので、年頃の男らしい衝動かもしれないが、何か話をしたいだけかもしれない。
まだ一方的には手を伸ばせない飯田は、なるべく待つと決めていた。
轟は何も言わない飯田のほうへ首を向けると、こちらへ来ようとしたのか腰を上げる動作を認めて、すかさず動いた。
気のせいではない。
轟も同じ目的を意識している。
遠慮もへったくれもない衝動が下腹に溜まるのに任せて、飯田は心地のいい青いラグの上を裸足で踏み出し、二人用のソファの轟の隣にゆっくりと腰かけた。
先程まで自分が座っていた椅子を眺めながら、意識は完全に轟のほうへ向けていた。
「…眠くないかい?」
「少し、目え醒めた」
「いつも君は、早くに眠るもんな」
「そうだな…」
恋の痛いところは、どちらもその先の期待を意識していて、それを立ち起こす前の予感と拒絶されるかもしれないという怖さにぎりぎりと煮詰められていくことだ。
それが二度目であれば、尚更まだ相手がどういう反応をするのかわからない。
轟が右側に座っていたので自然と左に腰かけたが、左手か、と少しためらいながらもその手の上に手のひらを置いて、そっと握った。
「……、」
轟の肩が一瞬跳ねて、飯田をおもむろに振り向いたところを逃さないよう、じっと見据える。
「……轟くん。…いいかな」
青白い雪あかりを反射したターコイズの眼球がガラスのように透き通って、揺らぎだす。
力が入って昂ると目元あたりから炎が噴き出てしまうらしく、逆に力が抜けすぎると触れた部分に霜が下りるそうだった。
触れられない呪いのようだなと思っていたら、母親に聞いたこつがあるから大丈夫だと聞いて、ほっとしたのはこないだの夜のことだった。
「…するのか」
ひきつれた火傷の痕の残る頬に手を添えて、優しく撫でる。
轟の表情はやはり少し眠そうで胡乱げだったが、つり目の目尻に少し、乾いた欲が兆していた。
「…うん。君がよければ」
請うように、なめらかな皮膚とくすんだ部分を交互に撫でていると、轟の頭が甘えてすりつけられるように動いて、肉厚な飯田の手のひらに薄い唇が埋まる。
「…っ、」
つづく
編集終わり次第追加します
0コメント